2.雷鳴 - 眠れる夜のおとも

 今日もずっと雷鳴が聞こえる。  ここ数日降り止まない雨は日を追うごとに強まっているというのに、昨夜からはいよいよ雷までも連れてきた。どおん、と低い音が響くたび、振動が耳の奥まで届いてぐらぐらと揺れるような心地になる。  こうなってしまうと、獣の血が流れる体というのも考え物だ。人と比べて鋭敏な聴覚は役に立つ場面も多いけれど、時には不便をもたらすこともある。激しい雷鳴の音は僕の耳には大きすぎて、数時間も続けば次第にずきずきとした痛みを伴うようになるのだ。  仕事を終えて、もう日も暮れた。ひとりきりの部屋、人目を憚らずにだらしなくベッドに転がる。いつもならしゃんと伸ばしている長いふたつの耳を、なるべく隙間ができないようにぺたんと折りたたんだ。もっと小さな人間の耳だったら塞ぎやすかったのに、なんて、ないものねだりをしてしまう。  またひとつ、ぴかりと空に閃光が輝いた。ぐいと耳を強く引っ張って、雷鳴の衝撃に備える。 「ティナリ」  どおん、と、空気を震わせる大きな音が鳴る直前。名前を呼ばれた気がした。 「……セノ?」  わずかに開かれた戸口に、見慣れた頭飾りのふたつの耳が揺れていた。ティナリのものとは違い雷鳴に痛むことはない、神聖なる雷の力を宿す耳。 「一応聞くけど、君、びしょ濡れでうちに来るのが趣味なわけ?」 「そんな趣味はない。どうしてか俺の休暇に合わせて雨が降るんだ」 「その厄介な体質が本当なら、早めに直しておいてもらえるかな」  大きめのタオルを取って手渡すと、慣れた手付きで装飾を外して水気を拭き取っていく。こだわりの装束なのは知っているけれどまずは自分を乾かしなよ、ともう一枚タオルを手にとって、セノの長い髪からしたたる雨水を拭ってやった。 「忘れてないよね、セノ? 今度の休みにはみんなで一緒にモンドまで行くんだろ。長期休暇中の君とずっと一緒にいるのに、道中降られっぱなしじゃたまらないからね」 「ああ。すごく楽しみだな」 「話聞いてた? いずれにしても、もうびしょ濡れで来るのは勘弁してよ」  空がまた光って、どおん、と雷鳴がもうひとつ。手が塞がっていても、轟音が響きすぎる耳はきっちりと折りたたんでおく。  外は夜闇に包まれていて、天候は大荒れ、足元も視界もコンディションは最悪だ。次の休暇に合わせてうちに来ると手紙で伝えられてはいたけれど、この状況では予定を取りやめたって驚かない。そうでなくても、セノは休暇予定が直前で変わることだって珍しくないのだ。それくらいで心配したり、不安になったりしないのに。 「俺が、ティナリを心配してたんだ。お前は雷が苦手だろうから」  折りたたんだ耳を、優しく撫でられる。湿り気の残るゆびさきがくすぐったかった。 「だからってこんな嵐の中、無理して来なくてもいいのに……って言っても、来ちゃったものは仕方ないか」  こんな風に弱っているところを見せるのは本意じゃないけれど、セノの気持ちは素直に受け取っておくことにした。せっかく来たからには役に立ってもらおうかな、と呟いてマグカップを手に取る。準備するのは、コーヒーを二杯。 「眠くなるまで、君の話でも聞かせてよ。この雷鳴を聞いているよりも、ずいぶん気が紛れるから」 「ああ、それなら新作のジョークでも話そうか」 「それは遠慮しておくよ! まったく。今度また聞いてやるから、モンドでは控えてよね」  隙あらばジョークを聞かせようとするのがいつものセノらしいなと思って、あは、と気の抜けた笑いが零れた。 「残念だ。なら、そうだな……ランバド酒場の新作メニューについて話そうか。お前が好きそうなキノコ料理だったよ。俺も早速試してみたんだ……」  窓を打ちつける雨粒。空にまぶしく、稲光。どおん、と、雷鳴。びりびり震える空気と音。嵐の夜はまだ明けないけれど、止まない雷鳴に構うのはもう終わりだ。折りたたんでいた耳はいつのまにかまた高く伸びて、セノの話に聞き入っていく。  このささやかな語らいが、憂鬱な夜を少しだけ穏やかなものに変えてくれるだろう。