3.たまごのスープ - コレイ、試験当日!

 集中力を卵だとしたら、今は溶き卵にしてスープに入れたときみたいになっている。  ぐるぐる、ぐるぐる。卵のスープをかき混ぜるように動くペン先が、あたしのノートの上に意味のない黒い渦をいくつも生み出していた。  本当なら、こんなことをしてる場合じゃない。今日はこのあとテストをするって前々から言われてた。この前はつまらないミスで点数を落としてしまったから、採点をしてくれたティナリ師匠の表情もなんだか渋かった。  間の悪いことにあの日は森の見回りも師匠とのペアで、アビディアの森を歩き回っている間中ずっと、師匠による完璧すぎる模範解答と解説がついてきた。師匠はあたしのために教えてくれてるんだって、ちゃんとわかってる。わかってるけど、自分がやってしまった間違いをひとつひとつ直されるのってすごく心が痛くていたたまれなくて、あんな思いをするのはもう嫌なんだ……。  だから、今日は完璧な状態でテストに臨むって決めてた。昨日は早く寝たし、朝はちゃんと早起きして復習をした。朝食も軽めに済ませて、あとは机に向かって最後の仕上げをするだけ、のはずだった。  なのに。なのに……。 「コレイはまだ生論派に行くと決めたわけじゃないんだろう。アムリタの話ばかりするのは不公平じゃないか」 「セノはコレイに素論派を選んでほしいと思っているからそう感じるんだろ。僕は個人の経験について話したまでで、他意はないよ」 「前にも言っただろう、俺が素論派だからコレイも素論派だと」 「それはコレイが選ぶことだよ。まあ、医術を学ぶつもりなら生論派を選ぶのが一番適切だと思うけどね」 「ティナリ、やはりお前にはコレイを生論派へ誘導しようという意志があるんじゃないのか……」  朝早くにふらりとガンダルヴァー村を訪れた大マハマトラ……セノさんが、さっきからずっとティナリ師匠と言い合いをしていた。しかもあたしのことをあたしの目の前で言い争っていて、すごく居心地が悪い。少し前にもカーヴェさんたちを交えてそんな話をしていたけれど、まだ文字を書くだけでも精一杯のあたしにとっては、学派を選ぶどころか教令院に入るのだって夢のまた夢みたいな話なのに。  ああ、期待が重い。ここからいなくなりたい。でも、今のあたしはテストを受けるためにここに座っている。テストはもういつ始まってもおかしくない。そうなると席を立つわけにもいかないし、なるべく静かにじっとしてるしかない。この時間にひとつでも多く復習しておこうと、教本に目を落とす。書かれた文字を指でなぞってみるけれど、さっき卵のスープになってしまったあたしの集中力はもうすっかりだめになっている。  それからも師匠たちはしばらく議論を続けていて、あたしはその議論を耳から追い出して教本に集中しようとしたけれど、てんでうまくいかなかった。ノートにぐるぐるとペンで書いた渦がいくつも増えて、今日のお昼はデーツナンと卵のスープにしようかな、なんて考え始めたところで、ふと頭の上が静かになったことに気づいて顔を上げる。あたしの兄とも言える二人の恩人が、揃ってあたしをじっと見ていた。 「さてコレイ、遅くなったね。テストの準備はもう完璧かな?」 「もし間違ったところがあれば後で俺が解説してやろう」  師匠たちのせいでまったく集中できなかったよ! なんて、あたしが言えるはずもない。あたしの将来をこんなに考えてくれてるのは嬉しいけど今日のテストもだめかもしれない、と思いながら、暗澹たる気持ちで教本を閉じた。

各話書き出しは「恐竜、雷鳴、たまごのスープ」アンソロより。

「家に帰ったら恐竜がいたので」

「今日もずっと雷鳴が聞こえる」

「集中力を卵だとしたら、今は溶き卵にしてスープに入れたときみたいになっている」