最愛
「自分の死について――あんたは、考えたことがあるか?」
ぽつりと問い掛けたディシアはわずかに微笑んでから、手元で傾けたグラスに視線を落とした。その手の中でゆらゆらと波打つ琥珀色の水面に、氷が揺れる。からん、と涼しげな音が鳴る。
問われたセノはほんのわずか考え込んだ様子で、しかし悠然と、まっすぐにディシアを見据えていた。
「お前はどうなんだ、ディシア」
「質問に質問で返すなよ。と、言いたいところだが」
考えたことがなければ問いもしないさ――目を伏せ、どこか独り言のようにぽつりとディシアが呟いた。けれどもすぐに顔を上げ、彼女らしい勝気な表情で微笑みかける。
「こういう仕事だからな。だからこそあんたに聞いたんだ、セノ。」
「……俺もそうだな。考えたことがないと言えば、嘘になる」
答えながら、ぐい、とセノが一気に杯を煽る。ディシアが感心したように笑った。
「あんた、結構飲めるじゃないか。よく飲みに来るのか?」
「ああ。目当ては酒よりも七聖召喚の方だがな」
「そうだったな。いや、あんたがそれほどのカードゲーム好きとは思わなかったぜ」
「面白いんだ、お前もやってみると良い。ティナリもよく相手をしてくれるが、常に会えるわけではないからな。対戦相手は多いに越したことはない」
「はは。興味がないわけではないが、今は遠慮しておくよ」
言葉を切ったディシアがふ、と小さく息をついて、つかの間の静寂が落ちる。
「すまなかったな、ティナリのこと……あの時、あんたの友達を守れなかったこと」
「お前が謝ることじゃない。あの時、お前が守るべき『ご主人様』は旅人だっただろう。ティナリの奴も、お前に責任を求めたりしないよ」
「……ずっと気にかかっていたんだ」
「そうか。意外だな」
「そうでもないさ」
ディシアが再び杯を呷る。度数の高い酒精で続く言葉を促すように、深く息を吐いた。
「自分の手の届かないところで大切なものが脅かされることは……きっと、自分の死よりも恐ろしいだろう。あたしは、それを知っているだけさ」
「……この前、キャンディスに会ったよ。どこかでお前を見かけたかと聞かれた」
「しばらく護衛の仕事でずっとシティにいたんだ。近頃はあんたの方がアアル村に行っているかもしれないな」
「次に会ったら伝えておこう。だが、きっと彼女も直接お前の口から聞く方が良いだろう」
「はは! そんなこと、まさかあんたに言われるなんてな」
「同じだよ。俺も、それを知っているというだけだ」
ばつが悪そうに苦笑するディシアに、セノが薄く微笑む。草神救出で手を組んで以来、それなりの時間が経った。二人でこれほど深く言葉を交わすことは稀だが、言外に滲む各々が大切にする存在のことは、互いによく知っている。
「それから、先程の問いについてだが」
思い出したようにセノが話題を引き戻す。
静かに、けれどはっきりとした意志を宿した声で、言葉を紡ぐ。
「死について、考えたことがないと言えば嘘になる。だが、それ以上に――共に生きていきたいと思うよ」
「ああ。……悪くない答えだ」
からりとディシアが笑って、手にしたグラスをセノのそれに軽く合わせる。軽やかな音を鳴らす、乾杯の仕草。
「あたしたちにとって、死はいつも身近に存在するものだ。けれど、いざその時が訪れたとして――最後にこの世にあたしたちを繫ぎ留めてくれるのは、そういう素朴な願いなのかもしれないな」
それきり、あとはとりとめない会話と共に、静かに酒を飲み交わす。
二人の声を乗せた夜風はやわらかく吹いて、次第にスメールシティの喧騒に紛れていった。