地脈異常:メイド服

 意識が浮上する。ほんの一瞬、気を失っていたようだ。ふらついた身体を支えてくれたのは他でもない、信頼できる仏頂面の親友だった。 「セノ」 「平気か、ティナリ。この秘境に入った瞬間に意識が遠のいたようだったが」 「ごめん、もう大丈夫。それで……」 「ああ。俺たちがいるこの秘境では地脈異常が発生している。異常はメイド服だ」  メイド服。メイド服だった。  秘境に入った瞬間、気付いた時には既に、僕たちはメイド姿になっていた。再び意識を手放してしまいたい衝動に駆られたが、それで問題が解決しないことはつい先程、身をもって確認済みだ。つまり、これは悪い夢などではなく、紛うことなき現実であるらしい。 「しかし、お前はレンジャー長だろう。この程度で動じるようでは部下に示しがつかないな」 「君が大マハマトラにしては落ち着きすぎなんじゃない?」  あるだろうに、立場とか、尊厳とか。  大マハマトラの装束のうち、あの二つ耳の頭飾りはセノ自身がこだわったデザインだと聞いている。それが今やメイド服だ。もし今のセノが罪人を捕らえようとしたなら、罪人の方だって普段とは違う意味でセノの姿に恐れ慄くに違いない。 「しかし、これ、脱ぐわけにはいかないよな……」  脱いだところで、そもそも着替える服がないのだが。  気付いた時にはメイド服を着ていて、元々着ていた服の在り処は見当もつかない。それに秘境のギミックを解いたところで本来の服が戻ってくるとも限らない。  途方に暮れながら、自分の足元でふわりと広がるエプロンドレスを摘んだ。ロング丈の、いわゆるクラシカルなメイド服。スカートの腰元にはご丁寧にしっぽを通す穴まできっちり縫製されていて、こんな状況でなければ感心するところだ。厚みのあるたっぷりした布地が高級感のあるシルエットを描くその造形に比して、全体にはそれなりの重さがある。秘境内は静かで魔物の気配もなく、すぐに戦闘になる様子はないが、何しろ動きづらくて仕方がない。 「幸いにも俺の服は動きやすい。何かあれば俺が守ってやる」 「君はさっきからその調子だけど、それが本当に幸いなのかという点については、再考の余地があると思うよ」  一方のセノが着せられているのは、シンプルなミニ丈のメイド服だった。白いレースで縁取られた胸元や赤砂の色の脚が大胆に露出しているが、普段のこいつの装束も大概露出度が高かったことを思い出す。むしろ普段よりも隠れている部分は多いはずなのに、衣装が変わると露出を意識させられるとは意外な発見だ。 「とりあえず、この地脈異常については理解した。……服を取り戻す手立ても見つからないし、さっさとこの秘境から脱出しよう」 「服がないのが、不服そうだな。ティナリ」 「待って。今はそれどころじゃないから……、本当に、勘弁して、うん、後で絶対に聞くから」  ジョークについて掘り下げようと口を挟みたがるセノを制して、無理やり話を続ける。ここで会話の主導権を奪われるとしばらく戻って来られそうにない。 「それより重要な問題がまだ残ってるだろ、この秘境から出る方法を調べないと」 「ああ、それならもう確認してある。お前が一瞬寝ている間にな」 「言ってよ……。それで、僕たちはどうすればいい?」 「――覚悟をしろ、ティナリ」  それだけ言い、表情を引き締めたセノがまっすぐに見据えてくる。メイド服とはいえ、大マハマトラたる圧倒的な威厳を湛えた立ち姿で間近に迫られると、思わず気圧される。数歩ほど後ずさりした先で、不慣れな長いスカートの裾に足がもつれた。派手にすっ転んで、けれども背中に予想していた衝撃はなく、それどころか真っ白なシーツと布団に迎えられてやわらかく沈み込んだ。不格好にも仰向けにひっくり返った身体を組み敷くように、ミニスカートからのぞく太腿を恥じらうこともなくセノがのしかかり、わずかに口角を持ち上げた。セノのこれは、笑っているのだ。何かを思いついたときの顔だ。それも、いつものつまらないジョークよりもずっと性質の悪いことを。 「ここは、『メイド服でセックスしないと出られない秘境』だ。もしもお前がまた寝るつもりなら、後のことは俺が全部済ませてやろう」  楽しげにそう言い放つセノに見下ろされてしまっては、これ以上寝るつもりも起きなかった。望むところだ、と言い返す代わりに、レースのヘッドドレスを乗せた白銀の後頭部を力任せに引き寄せて、噛みつくようなキスをした。