君と重ねた
夢を見ていた。懐かしく、愛おしい思い出だった。
淡い夢に蘇った記憶は、卒業したティナリを見送り、教令院が新たな学生を迎える準備に追われる若草の季節。アビディアの森の奥、長く垂れた蔓草をくぐり抜けた先で、しっぽを揺らすティナリが小さく手招きしてセノを呼んだ。新米レンジャー長となったティナリが初めてセノに森を案内してくれた日、連れて来てくれたのがこの場所だった。
「ここが、お前の見つけた秘密基地か」
「うん。早く君に教えたかった」
またひとつ、二人だけの秘密が増えた。共に過ごすうちに積み重ねたそのひとつひとつがセノの日々を彩るのだと気付いたとき、ティナリが特別だと知った。
「ありがとう。……綺麗だ」
木漏れ日の淡いひかりが足元で揺れる。気まぐれな森の風が木の葉を鳴らす。遠くで鳥の声が聞こえた。傍らで微笑むティナリの、わずかに細めたまぶたが、優しくセノを見つめていた。
ティナリの目が、ずっと好きだった。見つめるたびに惹き寄せられる。交わす視線はあたたかく、いつも心を満たした。砂漠と森が混じり合う不思議な瞳。もっと近くで見てみたくて、覗き込むように距離を縮めた。
ふ、と漏れた吐息が混じり合う。まとまらない思考が心に呑まれていく。もっと近づきたい。もっと触れたい。背中を預けたり肩を借りたりするのとは違う触れ方で。互いの境界線を越えて、重ね合いたい。
そう願って目を閉じたとき、そっと、唇が触れた。
◆
紙を擦るペン先の音が聞こえる。重い瞼を持ち上げて何度かまばたきをする。秘密基地と、ティナリ。先程まで見ていた夢と混ざりあっている気がしたけれど、どうやらこれは現実の方らしい。セノの枕に左肩としっぽを貸したまま、ティナリが静かに植物のスケッチに励んでいる。植物研究への情熱は、あの頃とちっとも変わっていない。
まどろみは心地良いが、共に過ごせる貴重な時間だ。目覚めを知らせる代わりに、隣の愛おしいぬくもりに頬を寄せた。
「ん……。セノ、少しは眠れた?」
「夢を見たよ。……良い夢だった」
「へえ、どんな夢? 良かったら聞かせてよ」
ああ、と返事をする代わりに、キスをした。すっかり慣れた口づけではない、ちゅ、と小さく音を立てる幼いキス。
あの懐かしい日の話を、ティナリにも教えてやろうと思った。そうすれば思い出すだろうか。初めてのキスは確か、こんな感じだったはずだ。