愛にかたちがあるなら

 ぐるる、と空っぽの胃袋が盛大に鳴いた。ぬくもりを求めるふりをして、隣で眠る身体のうつくしい肌にゆびさきを這わせた瞬間のことだった。間が悪いにも程があるだろうと眉根を寄せると、ふは、と気の抜けた声でティナリが笑った。 「朝食にしようか」 「まだいい」 「君は口よりも腹の虫の方が正直みたいだ」 「いい、」  捕らえ直そうと追い縋った両手の間をするりと抜け、しなやかな身体は無情にも布団から這い出ていく。触れればふかふかと温かかったはずのしっぽが、まるでセノをあしらうように揺れて目の前を通り過ぎていった。  陽の光が、かすかに部屋に差し込んでいた。朝を告げるその眩しさから逃れて、ぐいと頭の上まで毛布を引き上げる。すっぽりと被れば、ひとり取り残された布団の中でふわりと残り香に包まれた。シーツの上にかすかに残された体温が名残惜しくて、頬を擦りつける。まるで目覚めたくないと拗ねる子どものふるまいだとわかっている。それでも、あと少しだけこの時間を楽しんでいたかった。  同じ布団で眠る夜、その肌からはいつも、どこか甘ったるいにおいがする。衣類や寝具のものとは異なる、甘やかなひとのにおい。しばらく楽しんでいるうちに、いつも気づけば意識は夢へと沈んでいる。やわらかい毛布にくるまって、一人分の幅のベッドで身を寄せ合う。そうして鼻先をそのなめらかな肌に押し付けて、深く息を吸う。身体を繋げあった翌朝、好ましいそのにおいと夢うつつのまどろみ、ぬくもりの余韻が好きだった。 「瞼さえ閉じずに寝てた奴が、変わるものだね」 「……お前といると、眠たくなるんだ」  それは光栄なことだ、と笑ったティナリの言葉は、ゆっくりと遠ざかっていく。口に含んだナツメヤシキャンディの表面みたいに、あたたかい布団の中で世界がとろけていく。ティナリ、と。曖昧な意識の中でぽつりと零れた言葉を聞き届けて、両腕の中に心地良い重さが戻ってくる。先ほどはらしくなく取り逃したそのひとを、今度こそ逃さないように抱き寄せて、すうっと息を深く吸った。  眠くなるにおい、人肌のぬくもり、すぐそばに心臓の音。セノの知っている愛とは、そういうかたちをしている。