かりそめの痕
がぶり、と。目の前のうつくしい身体に歯を立てた。
赤砂の色のしなやかな身体、その引き締まった肩口に後ろから噛みついた。暗がりの寝台に腰掛け、衣服も纏わず無防備に晒された背中。背後から抱きしめるようにぴたりと身を寄せると、砂漠の太陽のにおいがした。舌を這わせれば、ひくりと喉を震わせたセノが息を詰める。ほんのわずかな反応、けれど、このよく聞こえる耳には十分すぎるほどだった。チョーカーの下で蠱惑的に跳ねる喉仏を見てしまえば、いっそそちらに噛みついてやりたくなる。駆り立てられる衝動を堪えながら深く息を吐いて、かじりついたままの顎に甘く力を込めた。
「……っ、」
息を詰めては時折短く吐かれる、セノの呼吸ひとつで煽り立てられる自身が切ない。警戒心の欠片も見せずに、少しでも力を込めれば簡単に傷つけられてしまうような行為を、許されている。許すにしても限度がある――こんなことまで許してはいくら何でも甘すぎると思うのに、一度それに甘えてしまえばあとはなし崩しで、止まることなんてできやしなかった。
傷つけたいわけじゃない。痛い思いはさせたくない。なのに、どうしようもなく抑えがたい。
せめて一緒に気持ちよくなりたくて、背後から腕を回してセノの腰を抱き寄せる。そのまま手のひらで下腹部をするりと撫でた。触れ合い始めてからすぐ、下履きはとうに脱ぎ捨てられている。曝け出された性器に触れて手の中に包み込む。ゆっくりと扱くと、そのたびに少しずつ膨らんでいく感触に劣情を唆られて、たまらなかった。噛みつかれたままで興奮するようになってしまった君も大概だと思うけれど、そう教え込んだのは紛れもなく僕自身であることもわかっている。
「っぁ……あ、……ティナリ、っ」
蕩けて甘さの増した声で、名前を呼ばれるのが好きだった。
もっと気持ちよくなってほしくて、張り出したところに親指をひっかけながら動かす。繰り返し上下に擦るたび、鈴口から零れた液が手のひらにぬるついて、ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てた。
この身体のどこにどう触れれば気持ちよくなってくれるのか、もうとっくに知り尽くしている。思い通りに高められ反応してしまう姿が、どうしたっていとおしくて仕方ない。肉欲に振り回されて、二人揃って快楽に耽って、なんて愚かなのだろうと理性が嘲笑う。それでもまるきり止められそうにないのだから、僕たちだって高潔でも清廉でもない、愚かな、ただの人間だ。
擦る手を止めることなく、肩の肉に齧りつく。ふ、ふ、と噛みついた歯の間から息が漏れ出る。快感から逃げるように揺れ始めたセノの腰を抱いて、手の動きを早めて追い立ててやれば、切羽詰まった甘い喘ぎと同時に手の中の陰茎がぶるりと震えた。
「……っあ、ぁ、っ……~~~!」
絶頂を極めたセノの身体からくたりと力が抜けて、上半身が寝台の上に倒れ込む。噛みついたまま離れないように、逃げていく背中に覆いかぶさった。すり、と思わずセノの尻に擦り付けた自身の熱は硬く張り詰めている。何度か擦り付けているうちに夢中になって、恍惚とした欲に任せて精を放つ。吐き出した白濁は褐色の尻を伝って、ぽたりぽたりと垂れ落ちていった。
噛みついた顎はいまだ離せず、なめらかな皮膚を決して突き破らないように、わずかな力だけを込めた甘噛みを繰り返した。傷が残ることがないように。この噛み痕が、君がここを発つ明朝までには消えているように。
スメールローズの香の濃厚な甘さが部屋に満ちる。いっそ溺れてしまいたくて、深く息を吸った。