あの場所で二人
友達、と呼ばれたのはこれが初めてだった。
あの抜けるような快晴の空を、今でもよく覚えている。
聡明で人気者のティナリはいつも多くの学生に囲まれていた。しかし人気がありすぎるのも困り物で、一人で宿題に取り組むことさえできない様子のティナリを見て、あの場所のことを思い出した。教令院内で人目につかず、ゆっくりと静かな時間を過ごすにはぴったりな、とっておきの場所をセノは知っている。学生時代のセノが見つけた、誰にも内緒の秘密基地。
「じゃあ僕は、君の秘密基地にお呼ばれした友達第一号ってわけか」
気取ることないその言葉に、空を飛んでいるような心地になった。足元の聖樹に木漏れ日が揺れて、空気はよく澄んでいた。眼下に広がるスメールシティはいつもより美しく、豊かな雨林の草木を越え、遥か遠くの砂漠までも見渡せた。
「友達、か」
「友達だろ?」
「そうか。……そうだな」
ティナリにはなんてことないであろう『友達』という響きが、あの日のセノにとってどれほど特別だったか、きっとティナリは知らない。
◆
綺麗だろう、とかすかに微笑んだ横顔は、いつもよりずっと年相応に見えた。
お前にだけ教えるのだと、内緒話をするみたいに声をひそめる。それがまるで子供同士の遊びのようでくすぐったい。ささやかな、けれども彼が大事にしてきた秘密基地。大切な場所を僕に共有してくれた、そのことが嬉しかった。
「君と一緒でない日も、ここに来てもいい?」
「もちろん。今日からここはお前の秘密基地でもある」
空き時間に宿題をするのにちょうど良さそうだ、と呟くと、セノが眉を顰めた。
「構わないが、くれぐれもペンは落とさないように気をつけろ」
「もしかして、それって君の実体験?」
「……そんなわけないだろう。俺は大マハマトラだ」
「ここには学生の頃から来てたって、さっき自分で言ってただろ」
食い下がろうとすると、それはもういい、と流されるのは図星の証明だろう。ここで過ごした学生時代のセノの姿を垣間見たようで、つい頬が緩んだ。
「とにかく……宿題でも昼寝でも、お前の好きに使うといい。俺が来ることもあるだろうが、それ以外に、秘密基地に連れてくる第二号の予定はないからな」
「本当? そのうち、ここに乗り切らないくらい増えていたりして」
「あまり揶揄うな、俺には友達が多くない。この秘密基地を知っているのはお前だけだ。……少なくとも、しばらくはな」
友達が少ないのは彼がただ不器用なだけなのだと、僕はもう知っている。だからこそ、セノがいつか他の誰かをここに連れてくる日が訪れるであろうこともわかっていた。
きっとそう遠くない未来、心から君を大切に想う人がたくさん現れる。この聖樹の上には乗り切らないくらい多くの友達が、目の前に広がるこの景色のあちこちにできるだろう。
それでも、今は――セノにこの場所を許されているのは、僕だけなのだから。
「教えてくれてありがとう、セノ。……ちゃんと、守るよ」
守りたい、と思った。この秘密基地を。セノの、大切な居場所を。
聖樹から見下ろすスメールの景色は、どこまでも綺麗だった。この広大で美しい国をひとりで背負って立つ、少年のような背中を見上げる。ただの学者に過ぎない僕では、この景色の全てには手が届かないとしても。
それでも、君の大切なものくらいは守りたいと――そう思ったのだ。