明けない夜はないのだとしても

 長い任務を終えたセノがガンダルヴァー村を訪れたのは、本来予定されていた日付から二週間も後のことだった。セノが来るはずだったその当日、一向に姿を見せない彼の代わりに暝彩鳥が運んできた手紙にはただ一言、『しばらく会えない』とだけ書かれていた。  それきり連絡もなく、ようやく顔を出したのが今晩のこと。来るのが遅れた理由は、言い淀む彼の代わりに、衣服の下に隠されていた左肩が言葉よりも雄弁に語った。 「長めの刃物による切り傷かな。深くて……、塞がるのにも、ずいぶん時間がかかっただろうね」 「……だから言いたくなかったんだ」  隠したがっていた傷の存在を暴かれて、セノもどこか不服そうに眉を寄せていた。 「わかってるなら、ちゃんと治療を受けてよ。君が、そこら中で毒キノコを口にするおバカな連中とは違うんだって――そう僕に示したいのならね」 「わかっている。すぐにビマリスタンで適切な処置を受けた」 「なら尚更、そう簡単に傷が開くなんてありえない。君のことだ、治りきっていないのに無理を押して仕事に戻ったんだろう。まずは安静にして、それから、患部が痛む間はむやみに動かすべきじゃない。当然のことだよ」 「この二週間でちゃんと塞がった」 「二週間『も』、余計にかかったんだろ」  心とは裏腹に、口をついて出る言葉はどれも刺々しく響く。やむを得ない業務上の負傷、それ自体を責め立てるつもりはない。どれほど優秀な武官であったとしても、彼は大マハマトラだ。常に無傷ではいられないことは理解している。それにこうして久しぶりに顔を合わせたのだから、せめて労ってやりたかった。なのに、どうしたって言葉選びが上手くない。  ぴりついた空気に不自然な沈黙が落ちる。ゆっくりと、深く息を吐く。  教令院を卒業し、スメールシティを離れて、僕らの間には決して近いとは言えない距離と時間が生まれた。元より異なる人間が二人、長く関わり合えば比例して喧嘩だって増える。たとえ親友でも――親友だからこそ、常にただ仲良しでいられるわけじゃない。 「せめて、僕には隠さないで。……ちゃんと教えて」  それが、精一杯の言葉だった。  君に傷ついてほしくない、その思いを率直に伝えることだけが正しさではない。セノの信念を思うならば――それは、彼と僕の間に必要な言葉ではないから。 「すまない」 「ひとまず、怪我が本当に治ってるかどうか確認させて」 「……わかった」  傷を覆い隠そうとローブを強く掴んでいた手は、もう抵抗する様子はなかった。遠慮なく捲り上げて衣服まで脱がせれば、見慣れた上裸に赤黒いかさぶたが長々と這っているのがよく見えた。きっとひどく痛かっただろう、と込み上げる思いを振り払って診察に集中する。  傷跡の残る左肩を中心に、全身をくまなく観察する。関節をひとつひとつ、ゆっくりと曲げては伸ばす。ひっかかりは感じないか。外傷だけでなく、腱や筋肉にも異常はないか。少しでも動きの悪いところ、痛むところは残っていないか。すみずみまで、自らの手で触れて確かめる。  これからのセノの歩みに、万が一の憂いもないように。 「……うん、大丈夫そうだね。ありがとう」 「礼を言うべきは俺の方だ」  ありがとう、ティナリ――と、セノが微笑む。つられて微笑むとふわりと緊張がほどけて、ふふ、と思わず声に出して笑った。 「僕のお墨付きだよ。どこをどう動かしても問題ないね」  何気なく発した僕の言葉に、セノが何か言いたげにじっと目配せしてくる。 「……だから、傷が塞がるまで、会いに来るのは控えたんだろう」 「え?」  ほんのわずかの間、思考を巡らせて、セノの発言の意味を理解した瞬間に耳としっぽがぴんと跳ねた。思わず頭を抱える。 「バカ! 君の仕事の心配をしてたんだ……!」 「ティナリの家に泊まる時は大抵そうだろう」 「……そういうつもりで心配していたわけじゃないんだけど?」  呆れて嗜める僕の言葉を聞いているのかいないのか、セノは構わず身体を寄せてくる。すぐ隣でふわりと広がった白銀の髪からは、かすかに砂漠の太陽の香りがした。いつも冗談ばかり言っているくせに、これは決して冗談のつもりではないのだと、その目が言外に主張していた。それがわかってしまうからこそ、より一層たちが悪い。 「……じゃあ、しないのか」  再び問われて、じり、と熱を帯びた視線に捉えられる。逃げ道を塞がれる。これ以上、言葉にせずとも互いに求めているものはわかりきっていて、ただ静かに互いのくちびるを寄せた。        ベッドサイドに置かれた読書灯の淡い光が、シーツに広がるセノの髪を仄かな橙に照らしていた。組み敷いた褐色のしなやかな身体を見下ろす。舌で擽られて膨らんだ胸の頂と、芯を持ち始めた陰茎。そろそろ頃合いだろうと、机の上に用意しておいた小瓶を手に取った。  このために用意しておいた手作りのオイル。とろりと手のひらに垂らして、両手に広げていく。程よく温まったら指によく絡めて、その手をゆっくりと赤砂色の尻に這わせる。しばらく指で開かれていなかったはずの窄まりは、けれども、解すと思いの外すぐに柔らかくなった。 「……ここ、自分で触った?」 「お前としばらく会わない間に、入らなくなったら困る」 「そんなこと心配してたの?」 「言っているだろう。今日は最初からそのつもりで来たと」 「大怪我してたくせに。よく言う」 「その話はもういい。傷なんか見せても、お前に余計な心配をかけるだけ、っ……」  つぷりと指先を中に埋めると、思わずといった様子でセノが息を呑んだ。言葉が途切れる。中を広げていく動きで優しく指を抜き差ししながら、空いた手で先走りに濡れる陰茎を扱いていく。うすく開いたセノの口から漏れる切なげな吐息の合間に、ん、とかすかな声が上がる。 「それでも……知らないままでいるより、よっぽどマシだよ」  セノが隠したがっていることまで知りたいと願うのは、ただの我儘なのかもしれない。けれどたとえセノが何も言わなくても、きっと顔を合わせればわかってしまうのだ。隠し事の気配を、感じ取ってしまう。何かあると寂しそうな顔をする、君は案外顔に出るんだ――なんて、そう思っているのは僕だけなのかもしれないけれど。 「……ティナリ?」 「何でもないよ」  言葉はなくとも身体を重ねれば同じだ。時に不都合なほど、僕らは何もかも伝わりすぎてしまう。人の内面まで見透かす、まっすぐな紅い瞳。追求するようなセノの視線から逃れ、続く言葉を封じるためのキスを落とす。  何度も角度を変え、舌を絡ませる。その合間に、奥を押し広げながら少しずつ指を進めていく。指先で探り当てたところを押し上げるように撫でてやると、セノがぴくりとつま先を反らせる。何度も押すと、もっと、と求めるように腰が浮いて、揺れた陰茎が透明な雫をとぷりと垂らした。 「あっ、ぅ……」 「ここは、自分では触ってないんだ?」 「して、ない……っ」  どこに触れたらどう反応するか、重ねた行為の中でとっくに知り得ている。セノの身体のことなら、きっと誰よりもよく知っている。  快楽を拾い、緩み始めたそこは二本の指を十分に受け入れるようになっていた。オイルをたっぷり絡めた指が動くたびに、差し入れたところがぐちゅぐちゅと音を立てる。奥を撫でると跳ねるようにセノの腿がびくんと小刻みに震えて、吐息混じりの掠れた喘ぎが喉の奥から零れてくる。 「ん、ぁ……もういいっ、早く……」 「うん、僕も」  すぐにでも中に入りたいと主張する自身を取り出しながら、逸る気持ちを抑えてもう一度、優しく口付ける。唇が離れる拍子にちゅ、とかすかに鳴った音は状況に似つかわしくないほどかわいらしくて、それがなんだかおかしかった。  入口に宛てがった先端を押し当てると、くぷりとわずかに飲み込まれる。他の誰にも開かれたことのなかったそこが今やすっかり上手に受け入れるようになっていることを確かめるたび、想いを重ねてきた時間の長さを思わせる。  息を詰めて、ゆっくりと腰を進めていく。互いの息遣いと、擦れ合う部分が立てる卑猥な水音、快楽を堪えるセノのわずかな声だけが響く。  奥まで届かせて、ぐ、と押し込むと、堪えきれずにセノが喘ぎを漏らした。馴染ませるために小さく揺らすだけでぴくぴくと跳ねる、セノの身体が正直に反応するのがたまらない。繋がり合う喜びと愛おしさでいっぱいになって、伸ばされたセノの腕に応えて抱き合った。  抱きしめた身体の左肩、痛々しい傷跡が間近に見える。もう痛みはないとセノは何度も言っていた。けれどもその傷が目に入るたびに、どうしようもなく、くるしい。息がうまく吸えないような心地になって、胸の奥がつまる。  その傷跡を辿るように、ゆっくりと舌でなぞった。長く深い傷跡。綺麗に治るはずだけれど、完全に消えるまではしばらくかかるだろう。セノを脅かした者の気配がここに刻まれていることが、目障りで仕方ない。  衝動に駆られて、傷跡の上から触れるだけの力で、そっと歯を立てた。  すると、ふ、とセノの身体から力が抜けた。それは何をされても抵抗しないという意思表示。もしも今ここで僕にどう触れられようとも、たとえそれが痛くても苦しくても、僕がすることをセノは甘んじて受け入れるだろう。そんな、自身のすべてを委ねる信頼の証明。 「お前なら、いいよ」 「……しないよ。何も」  ゆっくりと口を離す。代わりに、傷跡の隣に触れるだけのキスを落とした。  今夜ばかりはできない。ただでさえ傷ついたばかりの身体に、これ以上傷をつけられるわけがなかった。見知らぬ罪人につけられた跡を塗り替えてやりたい。それでも、いま自分勝手にセノを傷つけるなら、それは彼らの行いと同じでしかない。  は、と息をついて、セノの身体を見下ろす。紅くうつくしい瞳が、悠然とこちらを見ていた。 「ティナリ」  そっと伸ばされたセノの手が、頬に触れる。なにも溢してはいないはずの頬をまるで拭うように、親指が優しくまぶたの下を撫ぜた。 「……セノ、」  その声は、自分で思うよりもずいぶん不安そうに響いた。組み敷いているはずのセノにぐいと体ごと引き寄せられて、抱きしめられる。宥めるみたいに、とん、とん、と手のひらが背中を優しく叩く。こんな時ばっかり年上ぶるなよ、って軽口のひとつでも叩いてやりたいのに、素直な両耳は隠しきれないほどうなだれているのが情けなかった。 「ティナリ。すまなかった」  ――君が謝ることじゃない。君は、何も悪くないのに。  頭を撫でられると、つんと鼻の奥が痛んだ。思わず込み上げたものを隠すように、口付けながらゆっくりと腰を動かす。絡めた舌の奥からかすかな喘ぎが上がり始めた。  これは僕の痛みじゃない。傷つけられたのは君だ。痛かったのも、苦しかったのも、君だ。それなのに僕を気遣う余裕まで見せて、君自身はいつもそうやってなんでもないような顔をする。  そんな余裕なんて全部奪ってやりたくて、いつもより強引にセノの身体を寝台に組み敷いた。ぐちゅ、とわざと音を立てるように奥を捏ねる。知り尽くしたセノの弱いところを狙って容赦なく何度も突き上げた。 「う、や、あっ……あぁ、あ……」 「セノ、気持ちいい?」 「わかるだろう、見れば……」 「教えてよ、っ」 「お前にされてよくない訳が、ない、だろう……ん、くっ……あっ、あぁ……」  欲にまかせて打ち付けるたび、ぱちゅ、ぱちゅん、と肌がぶつかり合う湿った音が響く。セノが背を反らして快楽に悶える。抑えきれない声を堪らえようと口元に向かった手を、指先で絡め取ってシーツに縫い止めた。手前まで引き抜いて、腹の裏の敏感なところをひっかけて、奥を叩くようにぶつける。繰り返す。何度も、何度も。ひどくあつくて、でも気持ち良くて、何もかもわからなくなってしまいたくて、ぞくぞくと押し寄せる甘く切ない快楽の波を追いかけて、ひたすらにセノの身体の中を暴き続ける。 「うぅ、あ、ああっ、あっ……ティナリ、っ……!」  ティナリ、ティナリ、と蕩けた声色で何度も名前を呼ばれて、熱を含んだ視線に見上げられる。好きだと、どうしようもなく恋い慕っているのだと、言葉以上に伝えてくるその瞳にどうにも惑わされてしまう。気高く強い大マハマトラが、なんてことないひとりの学生だったはずの僕に何もかも、こうして一番深いところに触れることさえ許してしまって。本当に、どうしてこんなにも僕を好きになってしまったんだろう、きみは。  触れるたびに乱れていくセノを見下ろしているうちに、言いようのない陶酔に満たされていく。  セノはよく、もう慣れたのだと言う。砂漠の灼熱のような暑さも、疲れも眠気も、痛みさえも、気力を保つことである程度は耐えられるのだと。そんなセノの心身の強さを、彼を恐れる学者たちだけでなく、同僚のマハマトラたちでさえ畏敬の念を持って讃えるのを耳にしたことがある。まるで自分たちとは違う存在であるかのように。  そんなはずがない。神霊をその身に宿していようと、神の目を持っていようと、彼はひとりの人間だ。皆と同じ肉体を持つ、ただの人間にすぎない。  全身が汗ばんでじっとりと湿り気を帯びていた。中が擦れるたびに、セノが声を上げながら腰を揺らす。潤滑剤と互いの体液が混じり合って、繋がったところから尻をつたってこぼれ落ちていく。堕ちるように、快楽に蕩けていく。  あれほどの深い傷を受けて痛くなかったはずがない。どれほど慣れたところで、感じなくなるわけじゃない。耐えて、耐えて、ひたすらに耐えて、その果てになんでもないような顔をして立っているだけ。そんな凡庸なつよがりを、誰もが神様みたいに畏れている。 「んぁ、ああっ、あ……っ、も、いい、あぁ……っ!」 「っ、く、セノ……まだ、もっと、」  いいように揺さぶられるばかりで、なすすべもなく必死に縋ってくるセノを見る。本当は痛かったのだと、苦しかったのだと、もしもセノがこうして縋ってくれたら満足するのだろうか。そうするはずのない彼の矜持を知っておきながら、彼の痛みや苦しみさえも暴き出したいと願う自分がいることを、彼の尊厳を穢すようなこの思いを認めたくなかった。  ぐちゃぐちゃに絡まったこの思考を手放したくて、今はただ溺れたくて、夢中になって奥を打ち付ける。繰り返し突くたびにセノの甘く蕩けた声が上がるのをすぐ耳元で感じながら、やわらかいところで擦れ合う快楽に身を任せていた。  熱に浮かされたように潤んだ紅い瞳が、言葉もなく伝えてくる。好きだと、あいしていると、言いようもないほどまっすぐに訴えてくる。こうも素直な気持ちを向けられて、絆されない奴がいるなら見てみたいとさえ思った。  君だけじゃない。これじゃあ僕だって同じだ。君をこんなにも大切に思うようになってしまった。この夜が明けたらまたしばらく仕事だと言って、いつも通りにここを出て、僕の知らないところで傷ついて、いつかそれきり、ふと戻らなくなってしまいそうなきみを。  ただ一緒に生きていきたいだけだった。  生きて、幸せであってほしい。ただそれだけだった。 「あっ、んん……ティナリっ、く、う、あ、あぁ、ティナリ……っ!」 「――セノっ、う、うぅ、ぁ……」  引き締まった腿の間で揺れていたセノの陰茎が、震えながらとぷとぷと白濁をこぼす。眼前に広がる光景に腹の奥がずしりと重くなって、余裕のない律動でセノの奥を叩いた。ぎゅうっと締めつける中の動きに促されて、ほどなくして搾り取られるように精を吐き出した。  呑まれそうなほどの絶頂に身体中が甘く痺れて、それでも、足りなかった。荒い息遣いを整える暇もなく口づける。きもちいいのにくるしくて、満たされるには足りなくて、どろどろで、ぐしゃぐしゃで、それでも夢中で抱き合って互いの名前を何度も呼んだ。  幾度も繰り返し昇りつめる。明日のことなんて全部忘れてしまったっていい。  今だけは、夜が永遠であってほしかった。        ぱちりと目を開けて、いつの間にか眠っていたことに気づいた。窓の外から忙しなく飛び回る暝彩鳥の羽音がする。まぶしい朝日が地平から顔を出し、陽光が静かに部屋に差し込んでいた。 「目が覚めたか」  おはようティナリ、と、戸口に立っていたセノが振り返る。  ずしりと重たい身体を寝台から引き剥がすだけでもこっちは一苦労なのに、セノはずいぶん先に目覚めていたようで、既に見慣れた大マハマトラの装束に身を包んでいた。あれほど深い時間まで行為に耽っていたとは思えない端正な立ち姿は、昨晩この家を訪れたときよりもむしろすっきりとした様子で、この体力バカ、なんていっそ呆れてしまう。 「……なんで、そんなに元気なわけ?」 「俺を侮らないことだな」  ふふん、とでも言いそうな顔で、得意気にセノが腕組みをする。 「もうシティに戻るの?」 「ああ、今日はこれからシティに戻って次の仕事の準備だ。明日からはまた公務に出る」  マハマトラの仕事には秘密が多い。それが大マハマトラともなれば、行先や外出期間さえもうかつに他人には漏らせないという。けれどもセノがこういう言い方をするときは大抵、すぐには戻れない任務に向かうのだと経験から知っていた。  わかった、とひとつ返事をして、気だるい体を引きずって寝台から這い出る。戸口の大きな葉の覆いを開くと、朝らしい爽やかな空気がどっと流れ込んできた。早朝の森の新鮮な空気に気分もしゃっきりしてくる。心地良くて、大きく伸びをした。  セノを送り出すついでの、短い散歩。わずかな時間を言葉少なに並んで歩けばすぐに村の出口まで着いて、ここでいい、とセノが振り返る。 「……それじゃあ、いってらっしゃい」 「ありがとう。行ってくるよ」  セノは歩き始めると決して振り返らない。知りながら、それでもその背中が見えなくなるまで見送った。遠ざかるにつれて次第に足音も気配も薄れ、ようやく、ひとりになったのだと実感した。  家に戻る道の途中、朝靄の向こう、村の外れに悠然と佇む七天神像が見えた。今できることは、目の前に広がる森を守っていくことだけ。そうして今日を、明日を、着実に次の日を迎え、日常を続けていく。その先に、またそのうちふらりと訪ねてくるであろう彼を迎える日があれば良いと思った。神に愛された彼に、この国に尽くし続ける彼に、一時でいい、せめてもの安らぎがあるように。  目覚めたばかりの森にふわりと優しい風が吹いた。ささめくように葉擦れの音が鳴る。鳥たちはご機嫌に囀り、川のみなもは朝日にきらめいて揺れる。  朝は、うつくしい。  残酷なほどに、うつくしかった。